高田馬場の老舗中古レコード店「タイム」閉店

 ちょうど一箇月前の24日、早稲田から高田馬場まで歩き、馬場の老舗中古レコード店「タイム」に、年明け初めて立ち寄ってみましたところ、思いもよらぬことに、店頭に、閉店を報せる貼紙が掲げられておりました。
「タイム」閉店

 私にとりましては、数えてみれば、これまでの人生の半ばにも及ぶ長きにわたり、民俗音楽を中心とするLPレコードとCDの貴重な一大供給源でしたので、ともかく大衝撃です。
 貼紙によりますと、「平成28131日をもちまして「タイム」を閉店することになりました。昭和38年高田馬場にて開店以来53年余に渡りお引き立ていただきましてありがとうございました。・・・・・(中略)・・・・・ 今後はホームページ等インターネットを利用した販売業務にかえさせていただきます」との由です。
「タイム」閉店
 ネット販売に移行して再開されましても、店頭で現物を手に取ることも、試聴することもできませんし、何よりも私は、あまりインターネットを使用しません。時代の流れとはいえ、ともかく残念の一言に尽きます。
 そもそも、私が初めてアイルランド民俗音楽のCDを購入いたしましたのは、ほかならぬ「タイム」においてです。しかも、比較的近年のことです。関心がなかったわけではなりませんが、自身の民俗音楽の「守備範囲」は、原則として、日本と、かつて騎馬遊牧民の支配下に入ったことがある地域と極北とに、ほぼ限定されております。また、(最近の様子はわかりませんが)以前、都内の輸入CD店には厖大な分量のアイルランド音楽CDが並んでおり、下手に手を出すと「大火傷」しそうな気がいたしましたので、長らく敬遠しておりました。
 しかし、201310月、「タイム」にて、まとまった点数で売られているアイルランド音楽CDを、何の気なしに、ごく軽い気持ちで手に取ってみました。それらの中には、以前の所有者が記したと思しき手書き文章(鉛筆書きのものや、紙背に書かれたものもあり)の紙片が添付されているCDがありました。読んでみましたところ、いかにも自身の趣味に合いそうなものがあります。中古CDですので、高いものでも1000円未満と、値段も手頃です。そこで、ギターやブズーキ、ピアノなど、アイルランド音楽への導入が新しい楽器の演奏が入っていないと思われるものを、少しばかり選んで購入しました。以来、20147月に至るまで、「タイム」に寄るたびに、アイルランドCDを買い足していきました。
 現在、私が所持しているアイルランド民俗音楽のCD38点ありますが、うち「タイム」で購入したのは31点です。それらのCDには、一見、良さそうに見えたため試聴せずに入手、聴いてガッカリ、という物件もありましたが、大部分は十分に満足できる内容でした。
 それらの中で、個人的に最も感銘を受けたのが、次の一枚です。
GTD HCD 134
In Our Own Dear Land.
Micho Russell.

Tuam Road (Galway), GTD Heritage Recording Co., n.d..
[G.T.D. H.C.D. 134]


 アイルランド西南部クレアー地方の伝統音楽伝承者である一老人が、演奏し、歌い、語る、実に素朴な内容です。アイルランド音楽の源流とも言うべきものであり、民俗学的な価値も高いように思われます。
 ただし、本CDには19タイトルが収められているにもかかわらず、解説に曲名等が載せられているのは11タイトルのみで、解説の内容が不完全です(CD本体には全て載せられております)。
 なお、紙背に鉛筆書きの手書き文章が記された紙片が付いており、そこには、
    94年に交通事故で他界した農夫であり偉大なる Tin Whistle & Flute 奏者兼 Story teller の故 Micho の人柄がにじみ出たCD。演奏、唄、逸話ありの全19曲{?}。97作。GTD Heritage
とありますが、CDの解説(英文)とCD本体を閲する限りでは、発行年はわかりません。あるいは、本来あるべき別紙解説が欠落しているのかも知れません。
 このように、クレジットの面で問題はありますが、収録されている音源の価値に、疑いの余地はないと思われます。
 ともかく、このような すばらしいCDの数々を入手することができましたのも、「タイム」のおかげです。これまでにたいへんに御世話になりましたことに御礼申し上げ、歴史ある名店の閉店を心より愛惜する次第です。
2016.3.4

 
(補) 単なる「一老人」ではなかった
 
 上記CDの演奏者、Micho Russell について、「アイルランド南西部クレアー地方の伝統音楽伝承者である一老人」と書きましたが、これこそ無知も甚だしく、なんと彼は、非常に有名なアイルランド音楽の名演奏家でありました。
     http://blackbirdmusic.blog.fc2.com/blog-entry-186.html
     マイコー・ラッセルはアイルランド国内はおろか、世界中でアイルランド音楽ファンを魅了しました。いえ、むしろマイコーはアイルランド音楽の素晴らしさを世界中の人々に広めたと言っていいのではないでしょうか。
 確かに、CDに添付されていた紙片の手書き文章にも、「偉大なる」と書かれております。しかし、過剰な修辞にすぎまいと、特に気にも留めておりませんでした。
 また、CDの解説文にも、
     Micho begins this recording with his description of his first overseas tour to NewCastle in England in 1972, and many subsequent visits to the continent and the U.S.A. He gives a wonderful account of a full scale session and set dancing in the Jumbo Jet on the way to America for the bicentennial festival in 1976.
と書かれているのですが、これも、アイルランド民俗音楽の一伝承者としての海外演奏旅行にすぎないと、勝手に理解しておりました。
 まったく、極めつけに「お目出たい」限りですが、べつに恥じ入る必要はない、と思いました。なぜなら、いかなる先入観もなく、自分自身の判断のみで、彼の演奏・演唱の素晴らしさを正しく認識・評価できたからです(いささか開き直り気味ですが)。
 なお、アイルランド音楽は、日本にも多くの愛好者がいらっしゃりますので、日本語でも、いろいろな情報を、インターネット上からも得ることが可能ですが、私がこよなく愛聴する音楽のうち、例えば、ヴォルガ=ウラル地域の諸民族 ── バシコルト(バシキール)、タタール、チュヴァシュ、マリー、モルドヴィン、ウドムルト ── の伝統音楽は、アイルランド音楽と同様、五音階で、私たちにも親しみやすい旋律の曲が多いですが、残念なことに日本では、あまり知られていないようです。
 日本で発行されたCDとしては、ソ連期メロディア版LP音源をCD化した、『世界民族音楽大集成 68 北コーカサス、ウラル、シベリアの音楽』(King Record Co.Ltd., 1992.7[KICC 5568] があり、その中に、マリー、チュヴァシュ、タタール、バシキールの器楽曲が収録されております。内容的に不十分とは思いますが、それでも、マリーとバシキールについては一聴の価値があります(特にマリーには、大変に美しい旋律の曲が含まれております)。
 この『世界民族音楽大集成』のCDは、一般的には図書館から借り出して聴くしかありません。私は流山市の図書館から借り出しました。しかし、当該のCDにつきましては、原盤のLPレコードを、今は無き「新世界レコード」にて購入し、所持しております。
 なお、LPに収録されている音源の一部が、『大集成』CDでは省略されておりますので、注意が必要です。
2016.3.10


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