ヨリナガと同じく
服藤早苗先生の訃報を新聞報道で知りました。突然のことに信じ難い思いです。
先生には、かつて出講した埼玉学園大学にて大変にお世話になりました。先生から直接お伺いいたしましたところによりますと、私が埼玉学園大学の非常勤講師となることができましたのは、先生が強く推薦してくださったためとのことです。従いまして、私が『埼玉学園大学研究紀要』に六編の学術論文と五編の翻訳を発表することができましたのも、すべて、服藤先生のおかげなのでございます。
学術論文
・「永禄六年の『補略』について
── 特に戦国公家大名(在国公家領主)に関する記載を中心に ──」
http://id.nii.ac.jp/1354/00000525/
・「但馬宮令旨考」
http://id.nii.ac.jp/1354/00000307/
・「伊勢奉幣使王代 兼字王考」
http://id.nii.ac.jp/1354/00000278/
・「冷泉源氏・花山王氏考 ── 伯家成立前史 ──」
http://id.nii.ac.jp/1354/00000176/
・「貞治三年と応安四年の『暦名』について
── 南朝方の公家・武家に関する記載を中心に ──」
http://id.nii.ac.jp/1354/00000475/
・「前田本『日本帝皇系図』について」
http://id.nii.ac.jp/1354/00001113/
翻訳
・「シノド本『系譜の書』(Родословная книга)におけるチンギス裔系譜」
http://id.nii.ac.jp/1354/00000302/
・「シノド本『系譜の書』(Родословная книга)におけるノガイ=オルダ系譜」
http://id.nii.ac.jp/1354/00000272/
・「ペルシア語史料における北元史関連情報
── ホーンダミール『伝記の伴侶』より、テムル・ハーン以降のウルグ・ユルトの条 ──」
http://id.nii.ac.jp/1354/00000172/
・「馬鈴梆「哈薩克入甘続記」第一章第一・二節」
http://id.nii.ac.jp/1354/00000470/
・「馬鈴梆「哈薩克入甘続記」第一章第三・四節」
http://id.nii.ac.jp/1354/00001109/
私が内モンゴル大学に就職して埼玉学園大学の非常勤講師職から離れた後に上梓する機会に恵まれました『「王」と呼ばれた皇族 古代・中世皇統の末流』(一般向け概説的著述)は、これらの『埼玉学園大学紀要』に発表した学術論文に拠るところが少なくありません。また、それら六編の学術論文のうち四編は、拙学術論文集『前近代傍系皇族・皇胤研究』に収録されております。
服藤先生には、出講曜日の関係で、直接お会いしてお話をお伺いする機会は決して多くありませんでしたが、出講初年の教員懇親会の場で初めて御挨拶いたしましたとき、「お酒、飲まないの?」と聞かれました。
私:「ヨリナガと同じく、ゲコでして〜」。
先生:「あら。ヨリナガ、美男だったのよ〜」。
私:「そうなんですか〜 プクプク太ってるという印象ですが〜」。
先生:「あちら、のほう?」。
私:「い〜や。いや、そちらのほうは御遠慮申し上げます」。
── と、このような感じで、たいへんに気さくに接して下さりました(今から思えば、いささかキワドい話題ではございますが)。
このたびの皇室典範問題では、皇統・皇族の歴史が広く江湖の話題の種となっておりますが、真の専門研究家でいらっしゃる先生の御存念を、是非とも詳しく御伺いいたしたかったものです。しかし、それも叶わぬこととなってしまいました。
敬愛する先生の御逝去を、心よりお悔やみ申し上げます。
(2026.7.26)
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