赤坂恒明
「中世における皇胤の末流「王氏」とその終焉」


『十六世紀史論叢』第三号, 十六世紀史論叢刊行会, 2014年3月, 76〜95頁


【概略】
 中世において代々王号を称した末流皇胤「王氏」について検討し、中世の王氏には、神祇伯を世襲した所謂「花山源氏」の「寛和御後」、源通季(実系では三条院の玄孫)の子孫で伊勢奉幣の使王を勤仕して内膳正・正親正を世襲した「天暦御後」の他、地方に下り庄園の公文として低い社会階層にあった系統も存在したこと、王氏爵に預かって叙爵された「四世無位」の王氏や『歴名』に記載されている諸王の大部分が架空人物であること、「花山源氏」の白川家を除く王氏が遅くとも織豊期までに消滅したことを確認した。

【目次】
  はじめに
  一 中世における王氏の系統
  二 王氏爵に預かって叙爵された王氏(諸王)の実在性
  三 『歴名』における王氏(諸王)
  おわりに
  注

【キーワード】
 諸王、王氏爵、歴名、補歴、花山源氏

【正誤表】
箇所
90頁下18行如何。。如何。


【参考】
 拙稿「中世における皇胤の末流「王氏」とその終焉」が掲載されている『十六世紀史論叢』第三号が刊行されました。これで、(自身が把握している限りにおいて)わが学術論文は、六編連続で日本史分野となりました。

『十六世紀史論叢』第三号
『十六世紀史論叢』第三号
市川, 十六世紀史論叢刊行会, 2013年3月
〈小特輯〉中世播磨・備前・美作と赤松氏・宇喜多氏
特輯論文
 小川雄「徳川権力と戸川達安
 ─ 慶長年間を中心として ─」
 倉恒康一「赤松家風条々録に見える石見国人三隅氏の美作国所領について」
 山田徹「赤松春日部家の系譜」
 渡邊大門「赤松則房の基礎的研究」
論説
 赤坂恒明「中世における皇胤の末流「王氏」とその終焉」
 今福匡「再考・黒田秀忠の乱
 ─ 長尾景虎書状と『越後過去名簿』をめぐって ─」

 校正終了後、あらためて拙稿を再読いたしましたところ、焦点が合っておらず散漫な印象を受けました。毎回ながら反省しきりです。
 それはともかく、本稿におきましても、『十六世紀史論叢』誌の前号・前々号に所載の拙稿と同様、学界初出の史料を使わせていただきました。御指正いただければ幸いです。
 『十六世紀史論叢』誌の申込方法につきましては、編集者である日本史研究者 渡邊大門先生のフェイスブックをご覧ください。
 なお、本『十六世紀史論叢』第三号は「中世播磨・備前・美作と赤松氏・宇喜多氏」の小特輯ですが、偶然、拙稿でも、播磨国大部庄の王氏一門について、(わずかばかりですが)言及いたしております。
 大部庄の故地には、国宝の木造阿弥陀三尊像と天竺様の浄土堂で名高い浄土寺(兵庫県小野市浄谷町)がありますが、甚だ遺憾ながら、いまだに訪れたことがありません。機会に恵まれましたら、是非とも参詣いたしたいものです。



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