研究情報 : 近刊のランプール本『集史』「モンゴル史」写真版刊本

 さる若手研究者の御連絡を受けて、インドで刊行された細密画つきランプール本『集史』「モンゴル史」写真版(天然色)刊本を購入することができました。本写本の写真版は、インド首相がモンゴル国を訪問した際に、インド首相からモンゴル国大統領に贈呈されたことで、斯界において話題になったことがあります。


ISBN 978-93-82949-28-2 ISBN 978-93-82949-28-2
(Rampur Raza Library Publicantions Series)
Jamiut Tawarikh.
Rasheeduddin Fazlullah Hamedani (1247-1318 AD).
Introduction Prof.S.M.Azizuddin Husain.
Director, Rampur Raza Library.
Ministry of Cultute, Government of India.
Rampur, Rampur Raza Library, 2015.
[ISBN 978-93-82949-28-2]



 本写本は、ナスフ書体で書かれておりますが、モンゴル帝国期の写本に見られる、ペルシア語動詞過去形における「د」の点がありませんので、一見してチムール朝期の写本であると考えられますが、チムール朝期の写本としては、いかにも質が良いものです。
 本文の内容を見てみますと、チャガタイの諸子の部分において、モエトゥゲンでなくモチ=イェイェが長男となっておりますので、ここからも、本写本のテキストがチムール朝期以降のものであることは容易に判別できます(注)。購入後、あらためてアリー=ザーデ校訂本がある「フレグ紀」の部分を確認しました結果、写本系統は所謂ロンドン本と同族の諸本群に属することが確定されます。
 すなわち、(1) サンクト=ペテルブルグのロシア国立図書館(旧サルチコフ=シチェドリン記念公共図書館)蔵本(шифр в,3,1)[JT/C]、(2) 所謂「ロンドン本」(British Library, Or.Add 7628)[JT/L]、(3) テヘランのゴレスターン図書館蔵本[JT/I]と同系統となります。また、ハーフィズ=アブルーが『ハーフィズ=アブルー全書』(majmū‘a-'i ḥāfiz-i abrū)に引用した『集史』「モンゴル史」も、この系統に属します。
 従って、本写本は、『集史』「モンゴル史」校訂の上では、それほど重要性は高くありません。
 しかし、チムール朝期ヘラート派の細密画が素晴らしく、例えばジュチ家について見れば、ジュチ、バト、ベルケ、モンケ=テムルの肖像、また、ノカイとの戦いに臨むトクタの絵があります。
 ただし、細密画の一部は剥落が著しく、それらの中には、ムガル朝期の絵師の手によって上から描き足されてしまったものも若干あり、原形を大いに損ねており、残念です。
 本刊本は、輸入書籍店「ナガラ」で、7冊、輸入したそうですが、15000円という価格にもかかわらず、発売後、実質二〜三日で売り切れてしまったとの由です。本刊本の発行部数は100部に過ぎませんが、今回、入手し損ねた方々の手にも行き渡るようになれば、と願う次第です。
2015.10.8

     (注) その根拠となるのは、London, India Office Library, Persian M.S. no.3524 (Éthé no.2828) 写本[JT/L3524]の記載です。拙著『ジュチ裔諸政権史の研究』第一章第一節(一)を御参照ください。(2015.10.13.追記)



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