三十九年前の「馬鹿馬鹿チンドン屋」
小島美子先生の訃報が二〇二六年三月十四日付『朝日新聞』(東京
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版)に続き、三月十七日付の『毎日新聞』と『産経新聞』にも報じられているのを目にいたしました。謹んで哀悼の意を表します。
昭和末期の一九八〇年代、中学生・高校生の頃おい、「
FM
東京」日曜朝七時から三十分間のラジオ番組「邦楽散歩道」にて、小島美子先生の御案内によって、私は日本伝統音楽の魅力を知ることができました。「邦楽」と銘打ちながらも、狭義の「邦楽」のみならず、地方の民俗音楽も取り上げられておりました。基本的には聴き流すだけでしたが、カセットテープに部分的に録音したものも、ごくわずかながら手元に残されております。
自宅内にはカセットテープを収納した箱は比較的取り出しやすい場所に置いてありますが、一年の計は確定申告であるとて青色申告に苦心惨憺、何とか書類を書き込み終えた提出期限日三月十六日の未明に至り、積もる塵埃を払いのけて箱を引っ張り出しました。手書きで「琉球から奄美の民謡」と記した紙片を差したカセットテープは、そこから直ちに取り出すことができました。
ここには、与那国から奄美大島に至る、「邦楽散歩道」二回分が録音されております。
確定申告書を税務署に提出して帰宅した後の三月十七日未明、当該のカセットテープを久々に聴きなおしてみました。昭和末期、カセットテープは相対的に高価であり、少しでも「節約」しようと、比較的価格の低い表裏
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分テープを使いました。片面24分に、放送広告があるとはいえ
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分の番組を録音するわけですから、当然のことながら、番組の冒頭から末尾まで全てを録音することはできません。曲の部分だけがあればよいと当時は思っておりましたので、語りの部分を少なからず録音せずに省いてしまいました。今にして思えば、その語りの部分こそが重要でした。わずかばかりの差額をケチらずに
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分テープを使っていれば良かったのですが、こればかりは致し方ありません。
さて、放送された曲は次のとおりです。
〇 与那国
1.「スンカニ節」
後間啓升(うしろま けいしょう):歌と三線
2.「雨乞い節」
〇 宮古
3. クイチャー「とうがに兄ょ」
仲間玄コ(なかま げんとく)、砂川玄幸(すながわ げんこう)他
4.「旅栄(タビスパイ)ぬアヤグ」
池間島の勝連朝子(かつれん あさこ)
〇 沖縄
5.「宮古根(ミャークニー)」と「ハンタ原(バル)」
嘉手刈林昌
6. 野遊びの歌
「東方さーよ」「谷茶前(タンチャメー)」「加那よー天川(あまかわ)」
「あっちゃめー小(グヮー)」「多幸山(たこうやま)」
照喜名朝一ほか
〇 与論島
1.「イキントウ」
小山盛男
〇 沖永良部島
2.「池当(イチカ)節」
今井吉光(いまい よしみつ)、松尾千代、沖吉重照(おきよし しげてる)
〇 徳之島
3.「亀津朝花(かめつあさばな)」
福田喜和道(ふくだ きわみち)
〇 奄美
4.「朝花節」
池田嘉成:歌と三味線
浜畑妙子:囃と歌
5.「しゅんかね節」
武下和平
6.「ユイスラ節」
築地俊造
放送年月日は、記録を取っておりませんでしたため不明です。当時存在していたFMラジオ番組情報誌、『週刊FM』等を確認してみれば判明するはずですが、そこまで調査する予定はありません。
かつて民放FMラジオに毎週このような伝統文化教養番組が存在していたということ自体、驚きかも知れませんが、当時の「FM東京」には日曜朝六時台にも別の邦楽放送枠がありました。あらためて時の流れを感じさせられます。
それはさておき、インターネット以前の時代には、伝統音楽の音源に接し得る機会は絶対的に少なかったとはいえ、公共の電波に乗って放送されるものは厳選された音源が多かったものです。この、与那国から奄美大島に至る12の音源も、各地域の伝統音楽に対する深い見識をお持ちの、当代最高の導き手のお一人、小島美子先生によって選び抜かれたものです。この番組のおかげで初めて私は、琉球弧の文化的多様性を知ることができました。
ちなみに、後に、この録音の一部は、他のカセットテープにダビングして、自身が担当した東洋史概論系の講義にて琉球王国を取り上げました際に、沖縄本島を相対化するための具体例として受講生に聴かせていたものでございます。
なお、与論民謡と沖永良部民謡は、次のサイトから聴くことができます。
・「与論町立図書館:デジタル音楽館」
http://www.yoronlib.jp/degi_ongaku/index.html
・「島人の宝(島唄)」
https://e-erabu.main.jp/takara/
ともかく私には仰ぐべき存在でありました小島美子先生ですが、私が入学した早稲田大学第一文学部に出講され、音楽の講義を担当されていらっしゃいました。申すまでもなく受講しようと思いました。しかし、たいへんな人気授業で受講希望者が非常に多く、抽選となってしまい、モノの見事に外れてしまいました... 当時は、授業に「もぐる」という発想を持っておらず、また、次年度以降も時間割の関係により、ついに受講することが叶いませんでした。「緑の麗人」筑波常治先生の講義を受けられなかったことと並び、まことに残念の極みです。
とはいえ、小島美子先生の音楽の講義は、抽選落ちする前の第一回だけは聴いております。その講義において先生は、日本音楽の原点は何でしょうかとの旨を受講生に問いかけ、カセットテープ・レコーダーを回し始めました。私は、「声明」でも聞かせるつもりなのかなぁ〜、と思いました。流されたのは、雅楽でも民謡でもなく、
「ばーかーばーかーちんどんや、おまえのかぁちゃんでぇべぇそぉ」
でした。
申すまでもなく、男児(ガキ)の下品な、からかい・ののしりの囃し言葉です。「音楽」という枠には捉われない、人々の生活の中に息づいた「声」にこそ、日本音楽の原点があるというのは、まさしく小島美子先生の真骨頂です。受講学生たちに「音楽とは何か」を根本から考えさせるための、この上なき見事な御導きであったと言えましょう。
尤も、その後、一九九〇年代半ば以降、インターネットの普及に伴う「高度情報化」により日本社会は大きく変容しました。その流れの中で、子どもの遊びの中心も、屋外での身体的なものから、屋内でのゲームが主体となり、土着的で身体性のある子ども文化の地域的伝承力が著しく弱まったということは否定できないのではないでしょうか。そして、二〇二〇年代半ばの現在、果たしてどれほどの数の子どもたちが恒常的に「ばーかーばーかーちんどんや」を囃し立てているのでしょうか。地域によっては、既に絶滅してしまっているのかも知れません。
続いて、「声」の質についてもお話がありました。地声こそが原点であって、これをヨーロッパ声楽風に「バァ〜カァ〜バァ〜カァ〜チィンドォンヤァ〜」(と実際に発声されました)とは歌わないものです、という話であったと記憶しております。
しかしながら、またも今にして思えば、なのですが、この囃し言葉、野卑な歌詞を知らずに旋律だけを聴けば、実は、哀調を帯びた郷愁の調べに聞こえます。後半部は、「後ろの正面、だーぁれ?」とも、よく似ています。歌詞なしの「ヴォカリーズ」で半音ずつ上げて変奏曲化して輪唱すると、かなり美しい曲となることでしょう。もちろん、歌詞を既に知っている我々には、かえって滑稽に聞こえてしまいそうではありますが。
ともかく、その第一回の講義が、先生の御尊顔を直接拝した唯一の機会でした。今を去ること三十九年前のことです。
ところで、音像資料(
CD
・
DVD
)の編集・監修の業績が非常に多い小島美子先生の代表作につきまして、新聞各社報道では、平成十七年度(第六十回記念)文化庁芸術祭賞レコード部門大賞に選ばれた、『日向の琵琶盲僧 永田法順の世界』
6CD
+
1DVD
(琵琶盲僧・永田法順を記録する会 編. アド・ポポロ,
2005.9
)が挙げられておりますが、これは如何なものでしょうか。何と言いましても当該音像資料の編者として第一に挙げるべきは、一九九七年に
CD
を自主制作までされて永田法順師の盲僧琵琶を世に広く知らしめた川野楠己氏でありましょう。
『今を生きる琵琶盲僧の世界 永田法順』
川野楠己/茶圓製作所,
1997.
私自身にとりましては、特に印象が強い小島美子先生の音像作品は、キングレコードの「日本民族音楽」
CD
シリーズ八点(小島美子監修.
1991.10
)のうちの『日本のワーク・ソング』と、『現地録音による 椎葉の民謡』
2CD
(ビクター音楽産業株式会社,
1994.12
)の二点です。
前者、『日本のワーク・ソング』は、(狭義の)日本語で歌われた「労作民謡」を広く紹介しております。わが郷里、野田市とは川筋(水系)を共にする渡良瀬川流域の
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「越名(こいな)の櫓漕ぎ唄」(越名の舟唄)は、歌詞に関宿(せきやど)の地名も織り込まれておりますが、その〈とめ文句〉、「ハア ヤッサノ 山猫 病まずに死んだら お医者が貧乏で お寺が繁盛だ」は、ひとたび聞けば二度と忘れ難く、延々と脳内再生産され続けます(私個人だけの感覚でしょうか)。
後者、『椎葉の民謡』は、舞台化されていない一次的な地域歌唱伝承を網羅的に収録した記録音源資料として学術的に貴重なものです。しかし、学術的価値云々より以上に、椎葉を訪れた小島美子先生の感動・興奮が存分に注ぎ込まれた名盤、と位置付けるほうが、よりふさわしいように思われます。
また、小島美子先生は、昭和時代最末期にキングレコードから刊行された「
Ethnic Sound Collection
」シリーズ
CD
第一弾(
1987
年)十五点のうちの一点、『草原のチェロ 〜モンゴルの馬頭琴』の「楽曲解説」を執筆されていることでも、少なからぬモンゴル関係者には馴染みが深いでしょう。この
CD
に収録されている内モンゴルのモリンホール(馬頭琴)巨匠「チ・ボリコー
ČHI BULICO
」ことチ・ボラグ
Č.Bulag
(齊・宝力高)によるモリンホールの調べに魅了された日本人は少なくありません。二十世紀後期の日本における異文化受容という点で大きな意義をも持つ本
CD
は、今後、専門研究者の手によって解説を増補した新版が出ることが望まれます。例えば、収録されている有名曲「ガーダー・メイリン」の歴史的背景は、大日本帝国の「満蒙進出」とも無関係ではなく、日本人も知るべきであると考えますので。
また、キングレコードの民族音楽
CD
新装シリーズ「
World Music Library
」の第
36
、『草原の叙事詩 〜モンゴルの「ジャンガル物語」』(
1991.9
)におきましても、小島美子先生が解説をお書きです。当該
CD
に収録されている英雄叙事詩「ジャンガル物語」の演唱は、オイラト(西モンゴル)における一次的伝承とは似ても似つかぬものであり、内モンゴル東南部における語り芸「ホルボー
qolbuγ-a
(好力宝/好来宝)」演唱者による新しい創作物です。これを例えるに、筑前琵琶の上原まりによる「平家物語」が、琵琶法師による「平曲」伝承とは異なる創作品であるのと同じようなものです。
当該
CD
に収録されている「ジャンガル」演唱が、本来の伝承とは別物であることは小島美子先生の解説にも明記されておりますが、その筆致には、この
CD
をこの表題で発行してもよいのであろうか、という逡巡の念が、そこはかとなく行間から滲み出ているように感じられますが、如何なものでしょうか。
尤も、この
CD
で「ジャンガル」を演唱するドルジリンチン
dorjirinčin
(道爾吉仁欽)は、「モンゴル民族著名ホルボー演唱芸術家」として著名な演唱者です。漢民族との文化的接触が大きい内モンゴル東南部の文化を紹介するという文脈でホルボーが日本に紹介されれば良かったのに、と思います。
内蒙古文化音像出版社発行のドルジリンチン演唱ホルボー集
CD
左:
qolbuγ-a.
蒙古族著名曲藝表演藝術家道爾吉仁欽專輯
好来宝
右:
jingγar-un maqtaγal.
江格爾頌
蒙古族著名曲藝表演藝術家道爾吉仁欽專輯
さらにモンゴル関連では、小島美子先生には、「モンゴル民謡は江差追分のルーツか?」(文化庁文化財部監修『月刊文化財』
264
号, 第一法規,
1985.9, pp.29-32
)という小文があります。この問題につきましては、かつて早稲田大学での二〇一二年度「中央アジア史」講義のうちの一回、「「江差追分」の起源をめぐって」において取り上げたことがありますが、その論旨に私は必ずしも全面的に賛同してはおりません。
ちなみに、その講義では、民事訴訟「江差追分事件」または「江差追分ルーツ事件」をも紹介しました。著作権の一つである翻案権の侵害に関する判例として重要とされる当該裁判における東京地裁と東京高裁の判決文には、
「阿弖流為は、フン族のアッティラの子孫であると推測される」
「ウラル山脈付近で遊牧生活を送っていたオスチャーク、ヴォグール、及び、ハンガリー人の先祖マジャール族」
「江差追分のように洗練された民謡ではなく、素朴な原形を残しているバシキールこそが、追分ロードのルーツだというのです」
「バシキール人の暮らすウラル山脈の秘境の地には、尺八そっくりの楽器で伴奏する民謡が存在していた」
「楽器の音色に対する趣向(バシキールのクーライ、モンゴルの馬頭琴、日本の尺八)が共通している」
「往古、大陸から馬産技術者として渡来した帰化人が、オルテインドゥーとよばれるモンゴル系の、息を長くひいてうたう唄を伝え、それが今日、国内の各地に伝わる追分節の元唄である小室節になった」
─── と、甚だ不正確ながらも心躍る字句(もちろん朱筆を入れたくなる誘惑に駆られます)が飛び交っており、これを謹厳な裁判官が大真面目に読んでいたのかと思うだけでも、やはり胸のアツくなるところはございます。
・平成3(ワ)5651 第一審(東京地方裁判所)民事29部判決(平成8年9月30日)
https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-13799.pdf
・平成8(ネ)4844 控訴審(東京高等裁判所)第6民事部判決(平成11年3月30日)
https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-13723.pdf
・最高裁判所第一小法廷判決(平成13年6月28日)平成11年(受)第922号 損害賠償等請求事件
破棄自判 東京高等裁判所 平成8(ネ)4844
https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-52267.pdf
大いに「脱線」してしまいましたので、話をもとに戻します。
小島美子先生の「ファン」を以て自任されるのは、日本民俗音楽の貴重音源を掘り起こして
CD
化している民謡
DJ
「俚謡山脈」です。
https://x.com/riyomountains/status/2033117370487861433
おかげさまで、「俚謡山脈」再発
CD
は、全点、入手しております。次の企画を心待ちにしております。
都山流尺八演奏家の山口連山師は、長年にわたり邦楽のラジオ放送を録音されておいでで、それらの中には「東京
FM
」の「邦楽散歩道」も含まれているとの由です。
https://hougaku-ikuseikai.com/img/hibiki-panf/2023hibiki.pdf
すなわち、小島美子先生が後生へ残した影響力は、研究者、演奏家、専門的音楽紹介者(
DJ
)、そして、私の如き一介の愛聴者に至るまで、大きなものがあると言えるでしょう。
私は、四十年ほど前に大学の講義を一回聴いただけにすぎず、袖が触れ合うこともなく、「一期一会」の機会さえもありませんでしたが、先生の御遺業を拝し、ここにあらためて心よりお悔やみ申し上げます。
(
2026.3.18.
記。
増訂あり
)
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