学術関連情報
カザン刊民俗音楽音源付書籍三点と、ペルム地方の「黄金基産フォンドCD六点
──ヴォルガ・ウラル地域諸民族の民俗音楽音源資料より──
ウドムルト、コミ=ペルミャク、マリー、タタール、バシコルト(バシキール)等

 昭和末年の一九八八年十月六日、ソ連邦ロシア共和国ウドムルト自治共和国の国立歌舞アンサンブル「イタルマス」(Италмас. Государственный ансамбль песни и танца Удмуртской АССР)が来野らいや野田市に来ること、の意)しました。
 
Italmas 1988.10.06.
 
 寸分の隙もなく完璧に洗練された演出で、野田市民の観客一同、ソビエトの創造的民族舞台芸術に感嘆し、視覚的・聴覚的に大いに愉しむことができました。
 しかし、その半面、民俗的な素朴さからは程遠い、という印象を受けましたことは確かです。
 それはともかく、私が初めて実見したロシア領内諸民族芸術公演は、実にウドムルト民族によるものであった、ということとなります。
    参考:「イタルマス」公式サイト:
      Государственный ордена Дружбы народов Академический ансамбль песни и танца Удмуртской Республики «Италмас» имени А. В. Мамонтова.
      http://udmitalmas.ru/
 そして、その後も引き続き、ウドムルトを含むヴォルガ・ウラル地域諸民族の民俗音楽音源を収集することに努めている次第です。

 ウドムルト人は、旧称ヴォチャーク人。ウラル山脈西方のカマ川およびヴャトカ川の流域で主に農耕を営んでいたフィン系の集団で、十三〜十六世紀にはモンゴル帝国の所謂「金帳汗国(キプチャク汗国)」とその継承政権「カザン汗国」の支配下に入っております。
 ウドムルト人の大多数が居住するウドムルト共和国(旧ウドムルト自治共和国)出身の有名人と言えば、何と言っても、秋田犬とたわむれる美少女、アリーナ・ザギトワ Алина Ильназовна Загитова / Alina Il'nazovna Zagitova ですが、彼女はウドムルト民族でなく、タタール民族です(タタール名 Алинә Илназ кызы Заһитова / Alinä Ilnaz kïzï Zahitova)。

 さて、近年、ヴォルガ・ウラル地域のウドムルト人およびタタール人の民俗音楽に関する学術系CD付書籍が、ロシア連邦タタールスタン共和国の首都カザンから、相次いで三点、刊行されました。


979-0-706436-00-5
I.M.ヌリエワ、A.P.クズネツォワ、P.A.アレクサンドロフ編
『タタールスタン共和国バヴリ地区のウドムルト人の歌』
 
Песни удмуртов Бавлинского района Республики Татарстан.
Составители Нуриева Ирина Муртазовна, Кузнецова Анна Петровна, Александров Павел Андреевич.
Казань, Казанская государственная консерватория имени Н.Г.Жиганова, 2018.12.
ISBN 979-0-706436-00-5
 本書は、N.G.ジガノフ記念カザン国立音楽院コンセルヴァトリヤКазанская государственная консерватория имени Н.Г.Жиганова)から刊行された、タタールスタン共和国のバヴリ(バウル)地区(Бавлинский район / Баулы районы)とその隣接地区に居住するバヴリ(ヴェルフネイク)・ウドムルト人の民俗音楽集です。
 発行部数が100部と僅少で、無事に入手できるか否か懸念されましたが、幸いにして購入することができました。
 中扉裏の紹介文は、次のとおりです。
     本集成は、カマ川支流イク川上流に位置する、タタールスタン共和国のバヴリ地区のウドムルト人居住地点と、隣接するバシコルトスタン共和国のエルメケイ地区(Ермекеевский район)のクプチェネイ村(д.Купченеево)において、現在、伝存している民族=歌唱伝統に捧げられている。本集成には、バヴリ(ヴェルフネイク)ウドムルト人(бавлинские (верхнеикские) удмурты)の儀式民俗の全歌唱分野ジャンルが紹介されている。
     本書は、音楽学者、民族音楽学者、民俗学者、言語学者、および、ウドムルト民族音楽文化に関心のある読者の広範な範囲を対象としている。
 付属の音楽CD市販CD-Rを使用)には、18曲(45:05)が収録されております。全曲、無伴奏の女声合唱です。



978-5-93091-263-0
G,F.ユヌソワ
『サラトフ州のタタール人の民間伝承:
タタールスタン共和国科学アカデミーG.イブラギモフ記念言語・文学・芸術研究所の文書・音楽遺産センターの基産フォンドについての案内書
第一部:聴覚フォンドの諸資料:民族音楽研究家M.N.ニグメドジャノフの録音

 
Юнусова Гузель Файзрахмановна,
Фольклор татар Саратовской области:
Путеводитель по фондам Центра письменного музыкального наследия Института языка, литературы и искусства им.Г.Ибрагимова АН РТ,
Часть 1:Материалы аудиофонда:записи этномузыколога М.Н.Нигмедзянова.
Казань, ИЯЛИ им.Г.Ибрагимова АН РТ, 2018.
ISBN 978-5-93091-263-0
 本書は、タタールスタン共和国科学アカデミーG.イブラギモフ記念言語・文学・芸術研究所(ИЯЛИ им.Г.Ибрагимова АН РТ)から刊行されました。
 中扉裏の紹介文は、次のとおりでです。
     本案内書は、タタールスタン共和国科学アカデミーG.イブラギモフ記念言語・文学・芸術研究所の文書・音楽遺産センターの基産フォンドに保管されている、サラトフ州のタタール人の音楽民間伝承の音声記録に関する情報に捧げられている。民族的創造の範例、記念的・歴史的・民族誌的特徴の諸情報の記録化は、1963年における計画的現地調査の実施期間において、この機講の勤務員たちによって実行された。
     ロシアにおける、民間伝承基産フォンドに関する案内書としての、このような専門特殊化された便覧の創作は、最近開始され、タタールスタン共和国において初めて着手された。本案内書は二部にて構成されている:主要章(聴覚フォンドのCDの内容の表、または、文献研究者たちの小楽譜集の目録)と補助便覧。
     本案内書の第一部は、民族音楽学者M.ニグメドジャノフの音声記録に捧げられている。本案内書の第二部では、文献研究者たちの口頭民間伝承基産フォンドの記載が提示されよう。
 付属のCD-ROM市販CD-R使用)には、MP331曲(53:31)が収録されております。サラトフ・アコーディオン(саратовская гармонь)の演奏二曲(#27,28)以外は、全曲、無伴奏独唱です。



978-5-93091-241-8
 
E.M.ガリモワ
『ペルム・タタール人の伝統的音楽文化』
 
Галимова Эльмира Мунировна,
Традиционная музыкальная культура пермских татар.
Казань, ИЯЛИ им.Г.Ибрагимова АН РТ, 2017.11.
ISBN 978-5-93091-241-8
 本書も、上述書と同様、タタールスタン共和国学術院G.イブラギモフ記念言語・文学・芸術研究所からの刊行です。
     参考:
      Эльмира Галимованың Пермь татарларының музыкаль мәдәниятенә багышланган китабы дөнья күрде | Всемирный конгресс татар
      http://tatar-congress.org/yanalyklar/elmira-galimovanyn-perm-tatarlarynyn-muzykal-medeniyatene-bagyshlangan-kitaby-donya-kyrde/

 同名の学位論文(2014. https://www.dissercat.com/content/traditsionnaya-muzykalnaya-kultura-permskikh-tatar)を学術書として公刊したもので、本書の扉裏の紹介文は、次のとおりです。
     調査研究された地方の歴史的・社会的変化の文脈における、儀礼体系システムの記述、詩的構造の分析、音楽形体論を含む、ペルム・タタール人の音楽民間伝承の研究が、本専著の目的である。記録アルヒフ資料と、本著作の著者によって収集された現地調査資料とを論拠としつつ、本専著において初めて、ペルム・タタール人の歌唱伝統と器楽文化の総合的研究が実現した。
 ペルム・タタールは、ウラル西麓のペルム地方(後述)に居住する、カザン・タタールの下位集団ですが、同地方のバシキール人(バシコルト人)との歴史的な関係が深く、独自の方言や古い文化を伝存しているとの由です。
 付属のCD-ROM市販CD-R使用)には、MP355曲(74:46)が収録されております。
     #1-6 Сөрән көйләре(年間行事の曲)
     #7-10 Әртил көйләре協同組合アルテリの曲)
     #11-15 Туй җырлары祭典トゥイの歌)
     #16-19 Солдат озату җырлары(徴兵の歌)
     #20-28 Мөнәҗәтләр(モナージャート mönäjät
     #29-32 Бәетләр(バイト yet
     #33-40 Лирик җырлар: Озон һәм салмак көйләр(抒情歌:長い曲)
     #41-43 Авыл көйләре(農村の曲)
     #44-46 Уен җырлары һәм такмаклар(遊戯の歌と滑稽小唄タクマク
     #47-55 Инструменталь көйләр(器楽曲)
 #16は、著名ロシア歌謡「カチューシャ Катюша」(M.I.ブランテル Матвей Исаакович Блантер / M.I.Blanter 作曲)の旋律による歌で、意表を突かれますが、「民族音楽」として選別されていない、生きた現地歌唱文化の実態の一端が、ありのまま記録されていることを物語っていると言えましょう。




 なお、このE.M.ガリモワ『ペルム・タタール人の伝統的音楽文化』の付属CDに収録されているのとは別音源の、ペルム・タタール民俗音楽の音源資料が、本書の出版以前に、音楽CDとして発行されております。
 すなわち、「ペルム地方の黄金基産フォンド カマ川沿岸地方の諸民族の伝統的民俗伝承シリーズ」全六集中のうちの一点です。

Золотой фонд Пермского края
Антология традиционного фольклора народов Прикамья
Коми-пермяки
コミ=ペルミャク人
Удмурты
ウドムルト人
Марийцы
マリー人
Башкиры
バシキール人
Татары
タタール人
Русские
ロシア人

http://authenticperm.ru/index.php?lang=ru | http://authenticperm.ru/index.php?lang=en


『ペルム地方の黄金基産フォンド カマ川沿岸地方の諸民族の伝統的民俗伝承シリーズ
第一集 コミ=ペルミャク民俗伝承の選集』
Antologiya komi-permyatskogo fol'klora Antologiya komi-permyatskogo fol'klora  
Золотой фонд пермского края.
Серия традиционный фольклор народов Прикамья.
1 том. Антология коми-пермяцкого фольклора.
(C) 2007 ПРОО 《КАМВА》, г. Пермь.

http://authenticperm.ru/index.php/site/View?n=1&lang=ru
http://authenticperm.ru/index.php/site/View?n=1&lang=en


『ペルム地方の黄金基産フォンド カマ川沿岸地方の諸民族の伝統的民俗伝承シリーズ
第二集 ウドムルト民俗伝承の選集』
Antologiya udmurtskogo fol'klora Antologiya udmurtskogo fol'klora  
Золотой фонд пермского края.
Серия традиционный фольклор народов Прикамья.
2 том. Антология удмуртского фольклора.
(C) 2007 ПРОО 《КАМВА》, г. Пермь.

http://authenticperm.ru/index.php/site/View?n=2&lang=ru
http://authenticperm.ru/index.php/site/View?n=2&lang=en

クエダ地区(Куединский район)のブイ・ウドムルト人(буйские удмурты)/
クエダ・ウドムルト人(куединские удмурты


『ペルム地方の黄金基産フォンド カマ川沿岸地方の諸民族の伝統的民俗伝承シリーズ
第三集 マリー民俗伝承の選集』
Antologiya mariyskogo fol'klora Antologiya mariyskogo fol'klora  
Золотой фонд пермского края.
Серия традиционный фольклор народов Прикамья.
3 том. Антология марийского фольклора.
(C) 2009 ПРОО 《КАМВА》, г. Пермь.

http://authenticperm.ru/index.php/site/View?n=3&lang=ru
http://authenticperm.ru/index.php/site/View?n=3&lang=en

スィルヴァ・マリー人(сылвенские марийцы)/ペルム・マリー人(пермские марийцы


『ペルム地方の黄金基産フォンド カマ川沿岸地方の諸民族の伝統的民俗伝承シリーズ
第四集 バシキール民俗伝承の選集』
ガイナバシキール人(гайнинские башкиры / ғәйнә башҡорттары)の民俗伝承の選集)
Antologiya baškirskogo fol'klora Antologiya baškirskogo fol'klora Золотой фонд пермского края.
Серия традиционный фольклор народов Прикамья.
4 том. Антология башкирского фольклора.
Антология фольклора гайнинских башкир.
(C) 2009 ПРОО 《КАМВА》, г. Пермь.

http://authenticperm.ru/index.php/site/View?n=4&lang=ru
http://authenticperm.ru/index.php/site/View?n=4&lang=en

バルダ地区(Бардымский район / Барда районы)のトルヴァ川(река Тулва / Толва йылғаһы
沿岸のトゥルヴァ・バシキール人(тулвинские башкиры / Толва буйындағы башҡорттар


『ペルム地方の黄金基産フォンド カマ川沿岸地方の諸民族の伝統的民俗伝承シリーズ
第五集 タタール民俗伝承の選集』
Antologiya tatarskogo fol'klora Antologiya tatarskogo fol'klora  
Золотой фонд пермского края.
Серия традиционный фольклор народов Прикамья.
5 том. Антология татарского фольклора.
(C) 2010 ПРОО 《КАМВА》, г. Пермь.

http://authenticperm.ru/index.php/site/View?n=5&lang=ru
http://authenticperm.ru/index.php/site/View?n=5&lang=en

ペルム・タタール人(Пермские татары


『ペルム地方の黄金基産フォンド カマ川沿岸地方の諸民族の伝統的民俗伝承シリーズ
第六集 ロシア民俗伝承の選集』
Antologiya russkogo fol'klora Antologiya russkogo fol'klora  
Золотой фонд пермского края.
Серия традиционный фольклор народов Прикамья.
6 том. Антология русского фольклора.
(C) 2010 ПРОО 《КАМВА》, г. Пермь.

http://authenticperm.ru/index.php/site/View?n=6&lang=ru
http://authenticperm.ru/index.php/site/View?n=6&lang=en


 これらは、ウラル山脈西麓のペルム(ペルミ)地方(Пермский край)における、ヴォルガ川支流カマ川沿岸の諸民族の民俗音楽を収録した、まさしく「黄金基産フォンド」の名にふさわしい音源資料です。
 ペルムという固有名詞は、地質時代名「ペルム紀」のおかげで、絶滅古代生物に関心がある小学生にも耳慣れた名称です。しかし、ヴォルガ・ウラル地域の中でも、中央ユーラシア草原帯に接続する森林ステップの北限であるペルム地方が、歴史的に多民族居住地域であり、文化的多様性に著しく富んでいるという点で屈指の地域である、という事実は、必ずしも十分には知られていないようです。
 ペルム地方の民俗音楽は、民族ごとに個性があり(もっとも、タタールとバシキールの民俗音楽文化は酷似しており、私には全く弁別不可能ですが)、二十一世紀に至ってもなお、これ程にまで多彩な民族文化を、よくぞ伝存し続けてきたものと、感歎まことに措くあたわざるをえません。
 これら六枚のCDは、地域における民族文化遺産の保全・発展のために、文化・青年構想計画プロジェクト推進ペルム地域社会機構「KAMVA」(Пермской региональной общественной организации по продвижению культурных и молодежных проектов «КАМВА»)が、ロシア科学アカデミー ウラル支部歴史・考古学研究所ペルム支部(Пермский филиал Института истории и археологии УрО РАН)、ペルム国立教育大学(Пермский государственный педагогический университет)との協力のもとに制作を発案し、20072010年に「KAMVA」とペルム地方の民族誌学者・民俗学者たちによって実施された共同現地調査において、八十の村落で録音された音源を整理・編輯して制作したものであるとの由です。
 前述の三冊のカザン刊書籍についても同様ですが、このように、地域の民俗文化を記録し、それらを積極的に公表するロシア(旧ソ連)民族学の底力に、大いに感銘いたしております。
 なお、これら「KAMVA」制作の六CDに収録されている民謡の歌詞(ロシア語訳・英語訳つき)と、現地調査において撮影された写真は、次の書籍に収録されております。

978-5-00027-008-0  
A.B.チェルヌィフ編・序
『カマ川沿岸地方の諸民族の伝統的民俗伝承の選集』
 
Антология традиционного фольклора народов Прикамья.
ПРОО 《КАМВА》; сост. и вступ. ст. А.В.Черных.
Пермь, ООО 《Типография ЗЁБРА》, 2013.
ISBN 978-5-00027-008-0

 本書に掲載されている歌詞のすべてと、写真の大半は、ネット上でも閲覧することができますが、紙の方が、視覚的には断然、まさっております。
 さて、これら六枚のCDは、いずれも素晴らしい内容のものですが、中でも特筆すべきは、やはり何と言っても、第一集のコミ=ペルミャクでしょう。
 フィン系のコミ=ペルミャク人は、ペルム地方のまさに固有の民族集団で、かつては「コミ=ペルミャク自治管区(Коми-Пермяцкий автономный округ)」── 旧、コミ=ペルミャク民族管区(Коми-Пермяцкий национальный округ── を形成しておりましたが、2005年、自治管区はペルム州(Пермская область)と合併し、ペルム地方(Пермский край)内の「コミ=ペルミャク管区(Коми-Пермяцкий округ)」となりました。
 豊かな工業地区であるペルム州と合併することにより、コミ=ペルミャク管区には経済的な発展が期待されましたが、その十年後は、日本の市町村合併と似たような状況となりました。しかし、行政区画名から「自治」の看板を下ろした結果が、かえって、産業基盤が整備されず、経済的発展から取り残され、農場では馬が働き、昔ながらのコミ=ペルミャク民俗文化が豊かさを保ったまま伝存されたのであるとすれば、いささか複雑な思いが致します...
 さて、コミ=ペルミャク人の民俗音楽が一枚のCDにまとめられたのは、この「黄金基産フォンド」が初めてでしょう。ここに私たちは、ようやくコミ=ペルミャク民俗音楽の概要に接することができるようになりました。
 なお、過去には、ロシア・ソ連邦の諸民族の民族音楽を集録した音源資料等において、コミ=ペルミャク民俗音楽が部分的に収録されたものはありました。

CDBMR 906068 Matanya ロシアの真正の民俗器楽』
 
MATANYA. Authentic instrumental folklore of Russia.
Матаня. Аутентичный инструментальный фольклор России.
The Russian Folklore Tradition, Vol.5.
Moskva, Boheme Music, 1999.
[CDBMR 906068]

・コミ・ペルミャク人(#5-7
 葦笛《ペリャン пэляны》演奏(1988年録音)
ペルム州(Пермская область)[コチョヴォ地区(Кочёвский район)ユクセイ村落入植地(Юксеевское сельское поселение)] シゾヴォ Sizovo 村(Деревня Сизово

 ここに収録されている3曲はすべて器楽曲で(一曲のみ歌あり)、合唱曲は含まれておりません。
 一方、「黄金基産フォンドCDに収録されているのは、器楽曲もありますが、中心となるのは合唱曲です。
 ちなみに、コミ=ペルミャク人は、
ペンザ地方のモルドヴィン人と同様、ロシア語の民謡も多数、伝承しているとのことですが、本「黄金基産フォンドCDに収録されている歌は、すべて、コミ=ペルミャク語のものに限られております。

 ところで、コミ=ペルミャク人の同族で、北方の広大なコミ共和国に居住しているコミ人(旧称ズィリェーン人)の民俗音楽の一部分は、前記CDMatanya ロシアの真正の民俗器楽』[CDBMR 906068] にも収録されております。しかし、わずか器楽曲二曲(#3,4)のみです。すなわち、コミ自治共和国(Коми АССР. 現在コミ共和国)プリルズ Priluz 地区(Прилужский район)チェルヌィシ Černïš 村(Деревня Черныш)の葦笛《チプサン чипсаны》の演奏です(1974年録音)。
 コミ民俗音楽の概要は、コミ共和国のロシア科学アカデミー ウラル支部 コミ学術センター 言語・文学・歴史研究所から発行された、次の宝典的CDから知ることができます。

Pamiatniki komi fol'klora A.V.パニュコフ, G.S.サヴェルエヴァ編
『コミ民間伝承の記念碑 歌謡・器楽の伝統』
ロシア科学アカデミー ウラル支部 コミ学術センター  
言語・文学・歴史研究所の民俗フォンドの諸資料より
 

Памятники коми фольклора.
песенная и инструментальная традиции.
Составители: А.В.Панюков, Г.С.Савельева.
Из материалов фольклорного фонда Института языка, литературы и истории Коми научного центра УрО РАН.
Сыктывкар, ИЯЛИ Коми НЦ УрО РАН, 2006.

 カマ川上流域からヴィチェグダ川流域方面に居住していた中世コミ人(コミ人とコミ・ペルミャク人の先祖)の歴史は、モンゴル帝国期におけるロシア人の北方進出により、大きな影響を受けております。
 モンゴル帝国支配下のロシアにおけるキリスト教東方正教会は、1328年、府主教座がキエフからモスクワに移り、北方への布教を活発化させましたが、その代表的な活動家として有名な宣教師ステファン・ペルムスキー Стефан Пермский1396年没)は、1379年より中世コミ人への布教に着手し、フィン諸語の最古の文字「古ペルム文字 древнепермская азбука」を考案して、キリスト教会文献を中世コミ語に翻訳し、1383にペルム主教座の初代主教に就任したことが知られております。
 コミ人は、1618世紀、さらに北方へ進出し、居住域を拡大しております。コミ人のうち、コミ共和国北部の人々は、トナカイ遊牧で知られております。しかし、コミ人におけるトナカイ遊牧文化は、サモエード系ネネツ人から受容したものであり、その歴史は百数十年ほどであるとの由です。
 つまり、内モンゴル東南部における定住モンゴル農耕文化と、歴史的には、それほど変わらない長さということになります。

 それはさておき、「KAMVA」の「黄金基産フォンド」六CDに戻ります。
 第二集に収録されているブイ・ウドムルト民俗音楽には、濃厚なタタール・バシキール色が明確に認められる曲もあります。
 現に、ブイ・ウドムルト人の間には、旋律のみならず、歌詞までもがタタール語の歌さえ、伝承されているとのことです(もっとも、ロシア語の歌も伝承されているとの由ですが)。
 さらに興味深いのは、演唱者たちの姓です。
   Зартдинова / Zartdinova
   Шакирова / Šakirova
   Шарафисламова / Šarafislamova
   Марданова / Mardanova
   Кунакбаева / Kunakbaeva
   Мелламшина / Mellamšina
   Гарибзянова / Garibzyanova
 いずれも、タタール人またはバシキール人と、まったく区別が付きません。
 村の名前も、
   Кипчак / Kipčak
   Гондырь / Gondïr'
   Кирга / Kirga
   Барабан / Baraban
   Гожан / Gožan
と、いかにもテュルク的です。
 これらを見ると、ブイ・ウドムルト人とは、ウドムルト化したムスリム=テュルク系集団ではないか、という憶測が生じてしまいますが、彼らはほとんどがロシア正教徒でありながら、古い多神教的な神話を伝承し、ウドムルト伝統文化の古層を保存しているということです。
 村名はともかく、なぜ姓がタタール・バシキール風であるのか。“民族”間の文化交流の痕跡であることは確かでしょうが、その歴史的・社会的背景が如何なるものであるのか、関心は尽きません。
 さて、ブイ・ウドムルト人は、ウドムルト民族の南部集団に属します。
 タタール文化の影響を強く受けていると言われるウドムルト人南部集団の民俗音楽は、次の名盤CDにおいても収録されております。

HCD 18229  
『ヴォルガ=カマ地区のフィン=ウゴル系およびテュルク系の旋律
ヴィカール・ラースローとベレツキ・ガーボルの1958-1979年の蒐集物からの選集
 
Volga-Kámai Finn-Ugorok és Törökök dallamai.
Válogatás Vikár László és Bereczki Gábor 1958−1949-es gyűjtéséből.
Finno-Ugrian and Turkic melodies in the Volga-Kama area.
Selection from the Collection of László Vikár and Gábor Bereczki 1985−1979.
Hungaroton Classic LTD., 1996.
[HCD 18229]
 本盤には、ウドムルト人の民俗音楽が十曲(#1-10. 計15:41)収録されております。器楽曲一曲(#7)以外は、すべて無伴奏独唱曲で、合唱曲は収録されておりません。これらの演唱・演奏者たちは、ウドムルト自治共和国(現、共和国)領内でなく、すべて、タタール自治共和国(現タタールスタン共和国)とバシキール自治共和国(現バシコルトスタン共和国)の領内に居住する離散集団です。
 ウドムルト共和国領内のウドムルト人の民謡の専集CDとしては、次のものがあります。

Pesni udmurtov Zav'ialovskogo rayona Udmurtii  
Oy, töl töla(おお、風が吹いている)...
ウドムルティアのザヴィヤロヴォ地区のウドムルト人の歌』
 
Ой, тӧл тӧла...
Песни удмуртов Завьяловского района Удмуртии.
n.p., ЗАО《Завьяловоагропромхимия》, n.d.

 ここに収録されているのは、女性民謡歌手とアンサンブル《マルジャン Марӟан / Marjan》による、ウドムルト共和国南部のザヴィヤロヴォ地区のウドムルト民謡です。
 収録曲の大半は、伝承曲を伝統的な形態で再現したものですが、一部、編曲されている曲もあります。
 タタール文化の影響を強く受けている南ウドムルト人に対し、北ウドムルト人はロシア文化の影響を特に強く受けているとのことです。しかし、甚だ遺憾ながら、北ウドムルト人の民俗音楽のまとまった音源資料は、未所持です。

 ヴォルガ川中流域の北側に位置するマリー・エル共和国(旧、マリー自治共和国)の冠称民族であるフィン系マリー人(旧称チェレミス人)の東方離散集団の一つ、スィルヴァ・マリー人(ペルム・マリー人)は、人口は四〜五千人と少数で、ペルム地方(Пермский край)における諸民族人口では上位から十番目に過ぎませんが、古い多神教信仰など、マリー伝統文化の古層を保存しているとの由で、本CDからも、それらをうかがうことができます。
 しかし、バグパイプ「シュヴィル」(шÿвыр / šüvïr)と太鼓「テュムル」(тÿмыр / tümïrtjumor)を演奏する伝統はペルム地方のマリー人の間では絶えてしまい、現在、それらを演奏できる人はいないということです。
 もっとも、シュヴィル(バグパイプ)とテュムル(太鼓)の演奏は、マリー・エル共和国内のマリー人の間には伝承されており、例えば、卓越した実績のあるロシアの民俗音楽学者、V.M.シューロフ Вячеслав Михайлович Щуров の名盤CDにも、その演奏が収録されております。

PAN 2008CD  
『母なるヴォルガ
 Волга мать
ヴォルガ・ウゴル諸族の音楽』
 
Mother Volga. Volga Matj.
Music of the Volga Ugrians.
Leiden, PAN Records, 1992.
[PAN 2008CD]

 ・草原マリーの旋律 (#1-15
 ・山地マリーの歌と器楽音楽 (#16-24
 ・マリー器楽民間音楽 (#35-38

 本CDには、テュルク系チュヴァシ人の民俗音楽(#25-34)も収録されており、私には長年にわたる愛聴盤です(但し、本CDの副題「ウゴル諸族」というのは、マリー人はフィン系、チュヴァシ人はテュルク系ですので、厳密には不正確です)。
 また、シュヴィル(バグパイプ)とテュムル(太鼓)の演奏は、キングレコードのCD『世界民族音楽大集成 68 北コーカサス、ウラル、シベリアの音楽』(King Record Co.Ltd., 1992.7)[KICC 5568] にも収録されております(私は未所持。ちなみに、所収の縦笛「シヤルトゥシュ šiyaltöš」重奏#15「青きヴォルガ」は必聴曲)。
 なお、テュムル(太鼓)なしのシュヴィル(バグパイプ)演奏は、前掲CD
Matanya ロシアの真正の民俗器楽』[CDBMR 906068] に二曲(#1,2)収録されております。
 ほかにマリー人の民俗音楽は、上述のCDヴォルガ=カマ地区のフィン=ウゴル系およびテュルク系の旋律』[HCD 18229] に、マリー自治共和国(現マリー・エル共和国)とバシキール自治共和国(現バシコルトスタン共和国)で録音された十二曲(#11-22)、および、E.A.ドロホワ Е.А.Дорохова 解説のCDロシアの人々の歌』[CDM CMT 274978] に、ウラル地域のスヴェルドロフスク州(Свердловская область)クラスノウフィムスク地区(Красноуфимский район)ユヴァ村(село Юва)の離散集団の民謡が四曲(#19-22)収録されております。

 テュルク系のバシコルト(バシキール)人タタール人の民俗音楽の音源につきましては、また別の機会に、あらためて紹介したいと思います。
 「黄金基産フォンド」関連の美しい写真を眺めているうちに、まだ踏みも見ぬペルム地方が、そして、縁も所縁もないはずの演唱者たち(その大半は老女です)が、何となく身近なふうに感じられてまいります。
 上述の各音源資料を収録、また、世に送り出すことに関わられた方々に、あらためて深甚なる敬意と感謝の念を表します。
(2019.12.13. 増訂:2019.12.17)



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