ウクライナ出身のロシアの風景画家、アルヒプ・クインジ Архип Иванович Куинджи(1842〜1910)は、キプチャク=テュルク系のウルム語を母語としていたクリミア=ギリシア人であった。もとより私は、クリミア=ギリシア人に関する資料を、網羅的にではないものの なるべく収集するように努めているが、それ以上にクインジの描いた絵画に魅了されてしまい、そのため、クインジに関する学術的美術書が刊行されたことを知るや、有無もなく購入を即決したのであった。
ロシア美術館
『アルヒプ・クインジ ロシア美術館の蒐集物から』
Русский музей, Архип Куинджи: из собрания Русского музея.
Санкт-Петербург, Palace Editions, 2010.
表紙カバー(左)にあしらわれているのは、クインジが得意とした日没の絵のうち、夕日が描かれていない「夕映え」(Закат. 1900-е. ЖБ-455)。一方、本体表紙(右)の絵は、傑作「ドニエプルの月夜」(Лунная ночь на Днепре. 1880. ЖБ-4191)である(尤も、彩度において やや緑色が足りないように思われる)。
本書の内容は、次のとおりである。
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目次
3.
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イリーナ・シュヴァロヴァ「ロシア博物館におけるクインジ」
5-27.
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イリーナ・シュヴァロヴァ「A.I.クインジの線描画」
29-35.
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絵画
36-165.
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A.A.ルィローフ, N.K.リョーリフ 「A.I.クインジについての, 門弟たちの追憶」
167-173.
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イリーナ・シュヴァロヴァ「生涯と創作活動の簡潔な編年」
175-179.
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略語
180.
本書には、ロシア美術館 Русский музей に所蔵されているクインジの絵画が、習作をも含め、集成されている(黒ずんだ画面を鮮明に示すためにであろうか、光度は明るめとなっているように思われる)。
驚いたのは、「夕空を背にした木. ウクライナ」(Дерево на фоне вечернего неба. Украина. 1900-е. ЖБ-57)。筆さばきは確かにクインジであるが、もはや完全な抽象画である。クインジの作風には、写実的なものあり、浮世絵風のものあり、なかなか多種多様であるが、晩年に至るまで実験的な創作を試みていたことに、まったく脱帽させられる。
ともかく、クインジの魅力の一端に触れることができ、堪能させられる一冊である。
なお、クリミア=ギリシア人については、上書と同年の2010年、次の興味深い専著が刊行された。
V.V.バラノヴァ
『言語と民族アイデンティティ 沿アゾフ地方のウルム人とルメイ人』
Баранова Влада Вячеславовна, Язык и этническая идентичность.
Урумы и румеи Приазовья.
Москва, Издательский дом Государственного университета ─ Высшей школы экономики, 2010.