赤坂恒明の連絡用ホームページ
連絡事項


桂宮本『補任歴名 永正(六歟)年』の翻刻
 
 『補略』と総称される公家名簿に関する新しい研究が発表されていることを知りました。
    井出麻衣子「永正年間の補任歴名について」 『九州文化史研究所紀要』第64号、2021年3月 https://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/opac_download_md/4403316/64_p001.pdf
 本稿では、桂宮本『補任歴名 永正(六歟)年』(宮内庁書陵部所蔵 751-1-353 169)が翻刻されております。校訂はありませんが、鷹司本、前田本(静嘉堂文庫所蔵)についても言及されております。
 本稿により、本史料の内容が広く知られるようになりましたことは、たいへんによろこばしいことです。また、先行研究として拙稿が挙げられておりまして、まことにありがたい限りでございます。
 実は、本史料(桂宮本)の翻刻(鷹司本との校訂あり)は私自身も内々に済ませており、先を越されて発表されてしまったような形です(〜笑〜)が、本史料は、「諸臣 大略記之」、「堂上衆当時補任歴名之分大概注文」とありますように、抄出されたものでして、私が最も関心を抱いております在国公家衆は大半が省略されていると考えられます。私には、「本史料から何を明らかにすることができるか」、「本史料をどのように取り上げれば良いか」という点で成案がないまま、翻刻はお蔵入りしていた、という事情があります。本稿の視点は、私はまったく考えてもおりませんでした。
 本史料において個人的に注目しておりますのは、史料中の「臣」という表記です。これは、永禄六年の『補略』以下には見られない表記であり、『補任歴名』〜『補略』の変遷を考察する上で重要であると思われます。しかし、まだ十分には考えがまとまっておりません。
 なお、本史料には、公家の家名に「四辻/号藪内」「四辻下」「河鰭 又号一条」「C水谷 号一条」等の記載があり、なかなか興味深いです。当時の四辻家が二流に分かれていたことは周知の事実ですが、家号が四辻(薮内)と下四辻とで区別されていたという事実は、本史料によって初めて知ることができるのではないでしょうか。
 本稿に「補歴に関する研究は・・・・・、今後体系的な研究が必要とされている」とありますのは、まったく以てそのとおりでございます。『補任歴名』〜『補略』が研究者に更に注目され、今後、研究がますます進展することを期待しております次第です。
2021.5.15.記)



小文「
刀鍛冶の徒弟であった御落胤、伏見宮貞致親王」所載の 渡邊大門 編『歴史が拓く未来』(市川、歴史と文化の研究所、2021.1)は、発行されるや即日、品切れとなり、その後、ごく少部数が増刷されましたが、同じく品切れとなりました。本書を所蔵する図書館・研究機関は、私の把握する限り、国立国会図書館と八王子市図書館のみです。そこで、すでに稀覯書と化しております本書の517頁に所載の小文を、編者 渡邊大門先生から御認可いただきまして、ネット上に公開いたしました(ただし、「おわりに」の大部分は公開を差控えております)。学術論文ではなく、小著『「王」と呼ばれた皇族 古代・中世皇統の末流 』で割愛した文章を増補修訂した、一般読者向けの文章です。御一読いただければ幸いです。
2021.4.28



早稲田大学エクステンションセンターでの公開講座、
 
モンゴル帝国成立史
原典史料から見たチンギス・ハン(テムジン)の前半生
 
が、「Zoomウェビナーを使用したオンライン講座」
によって、五月〜六月に開かれます(全五回)。
 
https://www.wuext.waseda.jp/course/detail/51949/
 
モンゴル部キヤト・ボルジギン氏出身の一貴族テムジンは1206年、遊牧諸集団が割拠したモンゴル高原を統一し、即位してチンギス・ハンと称し、モンゴル帝国を建国しました。その過程を伝える原典史料のうち、近年、漢文史料『聖武親征録』(失われたモンゴル語史料に基づく)の校訂本が刊行され、利用が容易になりました。本講座では、本史料の他、漢文史料『元史』、ペルシア語史料『集史』、モンゴル語史料『元朝秘史』の記載を紹介しつつ、モンゴル帝国の建国過程を明らかにします。
1 5/21 テムジン以前のモンゴル高原 モンゴル高原に割拠していた諸集団(部族・氏族)の概略と、テムジン(チンギス・ハン)の先祖たるモンゴル部キヤト氏と、有力な同族であるタイチュート氏との関係、その他について説明します。
2 5/28 テムジンの誕生から、キヤト氏族長への推戴まで 父イェスゲイが急死した後も、実は決して極貧ではなかった青年期のテムジンが、キヤト氏の親族たちに推戴されて氏族長となるに至るまでの様々な出来事について明らかにします。
3 6/04 「十三翼の戦い」から、オン・ハンの擁立まで
〜1196年)
テムジンが、同族タイチュート氏や、もと盟友のジャムカらと戦った「十三翼の戦い」から、失脚中のケレイト部長オン・ハン(トオリル)をテムジンが迎え入れて擁立するまでの過程を明らかにします。
4 6/11 「オルジャ川の戦い」から「コイテンの戦い」まで
1196〜1202年)
東北アジアにおける国際関係の変化の中で金朝に服属して勢力を拡大したテムジンとオン・ハンがモンゴル高原東部・中央部を統一し、テムジンがカリスマ性を帯びるに至るまでの推移を明らかにします。
5 6/18 「バルジュナ河畔の誓い」からモンゴル帝国建設まで
1203〜1206年)
七年間にわたり協力関係にあったテムジンとオン・ハンが決裂し、一度はオン・ハンのために滅亡寸前にまで追い込まれたテムジンが、起死回生の急襲で復活を遂げ、モンゴル帝国を建国するまでを辿ります。



学術誌にて御紹介いただきました
 
978-4-642-08369-0
日本史史料研究会 監修
 
赤坂恒明
 
「王」と呼ばれた皇族
 
古代・中世皇統の末流

 
東京、吉川弘文館、二〇二〇年一月
 
(発売:二〇一九年十二月二十日)
 
ISBN 978-4-642-08369-0
http://www.yoshikawa-k.co.jp/book/b487640.html


 吉川弘文館刊行の拙著『「王」と呼ばれた皇族 古代・中世皇統の末流』が、学術誌上において紹介されました。

◎ 久水俊和〔紹介〕「日本史史料研究会監修/赤坂恒明著
  『「王」と呼ばれた皇族──古代・中世皇統の末流』」
  (『歴史評論』第847号、202011月、94頁)

 専門書ではない一般向け書籍でありながら、学術誌に紹介記事が載るとは、意外なことです。
 しかも、「今後発展していく諸王研究において、基盤的な位置付けがなされていくものと思われる」とまで、過分の御言葉をたまわり、ともかく感謝の至りです。
 専門研究者から御評価いただくことができまして、まこと、著者冥利に尽きるというものでございます。
2020.10.20



赤坂恒明のページ


過去に掲げた探訪記・写真等



● 以前に使用していた電子メール・アドレス「akasaka@aoni.waseda.jp」は既に廃止されております。

● ネットによると、私と同名の、または私の名を騙っている某人物、および、匿名で恰も私であるかのように装ってネット等に書き込みを行っている某人物が他にいるかのようですが、いずれも私とは無関係です。そもそも私は、長らく、公開ネット上には、自身のHP以外では、文を書いておりません。また、現在に至るまで、私は自身の「ブログ」・「ツィッター」・「Facebook」等を所持したことがありません。今後も当面、所持する予定はありません。従って、「Facebookの友達リクエスト」等には応えることができません。御諒承ください。

● かつて私が或る公開講座にて語った内容が、甚だ不正確に解釈された形で、私の発言として或るブログに書かれております。しかし、そのようなことは全く述べておりません。まことに困ったことです。

●「赤坂講師のページ」(http://www.aoni.waseda.jp/akasaka/akasaka.html)は、平成二十三年三月三十一日をもって廃止されましたので、「赤坂恒明のページ」と改題して移転しております。

● 本ページのアドレスは、二〇〇四年九月末、
   http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/3312/index.html
 から
   http://www.geocities.jp/akasakatsuneaki/index.html
 に変更され、更に二〇一九年二月十三日、
   http://akasakatsuneaki.c.ooco.jp/index.html
 に変更されました。




過去の雑録より

 
(再公開作業中)


 
学術関連情報 音源付きミシャル・タタール民謡集 L.X.ジガンシナ、L.I.サルヴァロワ編『ラムベラのタタール=ミシャル人の民謡』(《タタール民族音楽=詩作品》第五巻)(202157日記

 
木寺宮研究の進展(2021417日記

 
善良両氏 (202121日記

 
20201221日の「天声人語」における『スーホの白い馬』によせて (20201222日記

 
或る日本人モンゴル帝国史研究者から、或る中国人(漢族)若手同業者への便り (202099日 日本語による電子メールからの抄録

 
カザン刊民俗音楽音源付書籍三点と、ペルム地方の「黄金基産(フォンド)」CD六点 ──ヴォルガ・ウラル地域諸民族の民俗音楽音源資料より── ウドムルト、コミ=ペルミャク、マリー、タタール、バシコルト(バシキール)等 (20191213日)

 
地名サランスクを知らざる金帳汗国史研究者は“もぐり”也と云わざるべからず (2018629日)

 
研究情報 : 十八〜十九世紀の北カフカスの歴史におけるチンギス・ハンの後裔たち (2018312日)

 
東カレリア北部のカレリア・フィン民謡の音源資料(2016.11.27.記)

 
価格百分之一 トルクメンとモンゴルの豪華写真集(20151013日)

 
研究情報 : 近刊のランプール本『集史』「モンゴル史」写真版刊本(2015108日)

 
訃報 タラスベク・アセムクロフ Talasbek Asemkulov 氏(2014年11月4日記)

 
拙稿中の一章「ウテミシュ=ハージーの『チンギス=ナーマ』の史料性,再論」(2013.6.29)

 
タタール民族の国民的芸術家ウルマンチェ生誕115年記念展図録(2013.6.8)

 
研究情報 : 十五〜十七世紀のロシアにおけるチンギス家一門 (2012.4.27)

 
アルメニアで刊行された、アイヴァゾフスキーに関する美術研究書 (2012.4.12)

 
三たびクインジ (2012.2.7)

 
油地獄 イサーク・レヴィタン生誕百五十周年 (2011.09.04)

 
ロシア美術館のアルヒプ・クインジ (2011.07.18)

 
A.I.クインジ歿後百周年によせて (2010.11.22)



赤坂恒明のページ



2019.02.13.「http://www.geocities.jp/akasakatsuneaki/index.html」から「http://akasakatsuneaki.c.ooco.jp/index.html」へ移転。